世代交代
私の好きな作家さんとか、授賞式でお世話になった方など、最近になってそういう方々の残念なお知らせを聞くことが増えてきた。
受験生の時に、私の作品を見出してくださった那須先生。
超優しい為人が一発で伝わってきた。
その方にもうお会いできないと思うとショックだった。
そんで、この前大学の売店の図書コーナーに行ったときに、私の好きな作家さんの本が置いてあった。
本の帯に「この作家が残したものとは」的なことが書いてあったから、
「え?」と思って。
本の中身を見たら、お亡くなりになられてて。
うーんって思いました。
最近売店にあった好きなパンが無くなって、新作のパンが並んでいたのも、
世代交代って感じがする。
これ以上は複雑な感情過ぎて何とも言えないんだけども。
世界って難しくできてるね。
小さい子
子どもって大人が思っているのよりも超敏感。
私が子どもの時、お父さんが周りの人から嫌われているのも分かってたし(なんとなく)、私を手段としてしか見てなかったのも分かってた。
返事がそっけないときも、頭ごなしに怒ってくるときも、
あー、めんどいんだな、私のこと娘とは思ってないなって思った。
この前、小学4年生の子とたまたま会うことになったの。(色々事情があるんさ)
こっちが一回話しかけるとめっちゃ話しかけてくれるようになって。
お母さんは私と目を合わせてくれなかったのに、その子にもちょっと冷たくしてたのに。
こんなに話すなんて、この子はお母さんにちゃんと話し聞いてもらってるのかなって思った。気になった。
子どもって、大人の事情とかに巻き込まれて欲しくないんだよね。
戦争とか。
子どもって主張しても聞いてくれないんじゃん。
「子どもは分からないから」って言われるんだよ。
でも、子どもが政治家を決める権利とか、そういうのって無いんだよね。
何が言いたいかって、子どもも一人の人間として見てほしいってこと。
子どもも大人もおんなじ人間なのさ。
本当の親ってなんだろう
今日、
「お前、小説書かんのか。意欲が見えんわ」
って言われた。
は?って思った。
つい先日、そろそろ出せそうな小説コンクール探してたとこだし、小説も途中まで書いてんだよね。
父にとっての私って何だろうって、結構考えてた時期があって。
空手やってた時は、優勝しても私にちょっと褒めて、師範がたくさんいるとこでは
「俺が指導したんです」とか言ってた。
私の努力じゃないの??って思った。
家で顔を合わせれば、空手の話。私が学校の話をしてもすぐに逸らしてくる。
空手を辞めたら、会話が無くなる。
なんで私の話は聞いてくれないのに、私は父の話を聞いているんだろうと思った。
空手を辞めた瞬間に、娘じゃないみたいになった。
え?と思って。
それで、散々「お前の文章は」と馬鹿にしていた。
私が誰にも言わず秘密で執筆した小説をコンクールに応募したら、グランプリを受賞して、そしたら父は鼻の下を伸ばして言った。
「さすがじゃあ」って。
それで、私が小説を書かなくなるとケロッと態度を変えてくる。
お父さんは、私を物としかみてないんでしょ。
もう分かったわ。そういうことでしょ。
だから、私はお父さんをお父さんと思ってない。
好きでも嫌いでもない。
これを読んだ人は「え?そのぐらいで?」と思うかもしれないけど。
目的としてじゃなくて、手段として扱われたときはものすごく苦しいんだよ。
お父さんは私自身を必要としてるんじゃなくて、
自分を満たすために私を使っていた。
そう思う。
これは、私を手段として扱っていたアイツへの復讐である。
生きていようがいまいが構わない。
私には私の意志があるから、自分の意志に素直に生きていこうと思ってる。
私はアイツみたいになりたくないから勉強してる。
アイツのそっくりな娘だとは思われたくない。
そんな人生は面白くないって分かった。
小説を書くことはアイツのためだと思ってない。
苦しむ人のそばに寄り添えるキャラクターを作って、一日でも長く希望の光を読者たちには見てほしい。
やっぱ勉強しようぜ
最近の世の中ってなんだか物騒ですね。(元々か)
こっちが言いたいのは、勉強したうえで言論で戦えってこと。
正しい言葉でそれなりの根拠で主張しろってこと。
だいたいやり方が汚いと思うんだよ。
それでさ、
有名人殺すのも一般人殺すのも変わらんからね。
大人数殺すのも一人を殺すのも変わらんからね。
命はみんな同じぐらい大事で、
みんな帰ったら、その人が例え一人暮らしだとしても、その人を思う人はいるんだから。
命の選別はできない。
私は、他人を非難することを悪いと言ってるんじゃない。
やり方を考えろってこと。
今回はやり方が違っていた気がするんだよ。
そういうやり方は得しないんだよ。
それで、メディア観ただけでごちゃごちゃ言うのも不味い。
ちゃんと見極めて。
一つの情報が真実じゃないから。
情報集めは時間がかかるけど、時間を費やしてからこそのこと。
世の中って難しいよな。
恋バナ
この前、他の学科の子と好きなスポーツの話になって
「サッカー好きなんよねえ」って言ったら、
「え、サッカー好きってことは好きな子サッカー部とか?」って言われて。
いやいやいやいや(笑)
なんかさ、ちゃうやん(笑)そう来たか、と思って。
確かに、一理ある。(あるんかい)
その子がサッカー好きなら、私も見るぜ!!って感じではあった。
まあ、単純にサッカー好きだったけどさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
それで、
「その子に告った?(バリバリ博多弁)」
って言われて
「告ってはない、けど、ばれてはいた」
と申し上げたでござる。
けっこうその後色々聞かれて。
家に帰って振り返ったときに、
「私、その昔好きだった人のこと結構好きだったんかな」と思って。
その子のことについて色々語れたし、顔も鮮明に覚えているし。
でも、私がその時好きだった彼と、今の彼では結構変わっている気がする。
それが良くも悪くも。
だからまた会ったときには「なんか違う」って思うかもしれませんね。
恋かあ、と思って。
私には本当に難しいなあ。
なんだかなあ。
振り返れば、あれは恋じゃなかったな、と思うことが多いわけですよ。
そう。
だから、まだ本当の恋はしたことない気がするんだよね。
恋マジってドラマで純ちゃんが言ってたど
「歳だから、寂しいんかも、そのときに寄り添ってくれる人が必要なんよ」みたいなこと、言ってた気がする。
確かになあ、と思った
って(笑)
アラサーではないけど、普通に寂しいと思ったときに傍にいてほしいとは思っちゃうよねっていう(笑)
だからと言って、傷の舐めあいがカップル、というわけではないと思う。
弱さを見せ合って成長したいっていうのが本当のカップルとか夫婦であってほしいなって思うのさ。
オタク
私は倫理オタクで、気づけばこの前読んだ倫理の本の話をしている。
そしたら友達が
「うちの大学で倫理に熱心なの
さくやっぴしかおらんけ」
って言われたのが、過去一の衝撃でした。